刑事事件における弁護士の役割[後編](弁護士 内田和利)

刑事事件における弁護士の役割
[後編]

ところで、被害者側を主に扱う弁護士もいると思うのですが、内田先生が罪を犯してしまった側の弁護に思い入れを持っているというのは、どういった理由からなのですか?

最終的にはこの世から犯罪が無くなっていくのが一番で、そうなれば犯罪の被害に遭う方というのもなくなっていく。ただ、実際には犯罪をしてしまう人というのはいるわけで、その実際に犯罪をしてしまった人が今後、現に今回してしまったことに対してはきちんと向き合って、なぜそうしてしまったのか、どういったところに原因があったのかということに向きあわせて、そのうえで、これからそうしないためにどうしていかなければいけないのか、実際被害に遭われた方に対してどういうふうに反省・謝罪そういったものを表していかなければならないかというのを本人に考えさせて、自らがどういうふうにしたいのかと考えていけるようにサポートする、それが弁護人の役割で、そこがきちんとできていけば、すべてとはいかなくても、さらに再び犯罪を繰り返してしまう可能性というのはすこしでも防げるのではないかと。そうすれば、さらに犯罪の被害に遭っている方も減らすことも少しぐらいはできるのかなと。

向き合わせると仰いましたが、刑事弁護において、そのようなひとつの理想はあると思うのですが、現実問題として、そういうふうに向き合ってちゃんと更正していく方というのは、割合としては全員ではないと思います。その点についてはどのようにお考えですか?

全員ではないにしろ、10人仮にいて一人でも二人でもそういう人がいれば、そういう形ではたらきかけていくのがいいのではないかという話です。ここはいろんな考え方があると思います。あとは、どうして犯罪をしてしまったのか、どういう経緯があったのかということにもきちんと光をあてて被害にあわれた、あるいはそれに代わって検証を求め、検察官の側からすれば悪い人だという形でスポットを当てなければいけない、そこと両方合わせてきちんと全体像を裁判官なり、起訴前であれば、起訴するかどうかを決める検察官に、全体像をきちんとみてもらって、その上で適切な判断をしてもらうということも必要だと。

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今検察官のお話がありましたが、検察官は被疑者・被告人に処罰を求めるという立場から働きかけるわけですが、処罰を求める目的というのは、先程先生がおっしゃっていたような、最終的に犯罪の再発防止という面も多分に含んでいると思います。そうすると、検察官と刑事弁護の弁護人どちらかを選ぶかということで、検察官ではなくて、弁護人を選んだということについては何かあるのですか?

そこはさかのぼってしまいますが、元々弁護士になりたいと思った動機・きっかけに大きく関係してきます。

弁護士 内田和利 インタビュー写真

どのようなことがあったのでしょうか?

中学生くらいの時に、長野県松本市で、松本サリン事件というのがあったと思いますが、その第一発見者の河野さんという方がいらして、その方が犯人だと、警察からも取り調べを受けたり、マスコミ・新聞社からもそのような扱いを受けたり、ということがあって。そういう報道があれば、あの人が犯人だろうな、と私も見ていました。途中からそうではないのではという話が出てきて、それでも警察も変わらないマスコミも変わらない。どうかなと、なんとなくおかしいなと思い始めて、なんかおかしいぞと気づいたときにきちんとおかしいぞと言えること、言えるような仕事というのができたらいいな、とその時思いました。そして、そんな仕事はないかなと自分で本などを調べて、弁護士という仕事があって、弁護士になりたいと。影響力が大きいところが、間違ってしまう可能性があって、間違ってしまったときにいろんな大きな影響力があるがゆえに、負の影響も大きいので、人ひとりの人生を大きく変えてしまう、それくらいの影響力がある。そこを外側からきちんと違っているものは違うと言えるような仕事がしたいと思ったきっかけがあって、それがずっと続いてきて、検察官ではなくて弁護士を選んだと。

冤罪の話が出ましたが、実際に冤罪を主張する場面というのは、先生が受任した事件の中で、割合としてどのくらいあるのでしょうか?

感覚的には1割くらいですかね。

テレビとかをみていると、誰が見ても明らかにやったのではないかと思われるような事情があったり、一見して内容自体が荒唐無稽な主張をしていたりする場合もありますよね。内田先生の場合、そういったことを被疑者の方が言っている場合はどのように対応していきますか?

最終的には、起訴前なら検察官に、起訴された後は裁判官に、弁護人が、被疑者・被告人の言い分をきちんと伝えていくということが必要になるので、そういう時には弁護人自身がそこについて十分理解できて自信を持って話をすることができないといけないですから、もし弁護人の目からみて少し疑問が残るような場合には、接見などで本人との関係性をきちんと踏まえながら、自分もある程度納得できるような部分に達するまで本人に徹底して聞くということをします。

どうしても弁護士として納得できないことを終始その方が主張された場合は?

率直に、納得しにくいと本人に伝えて、この話をし続けた場合どういうふうになるか、検察官や、裁判になった時の裁判所からどう見えるか、というところを本人にきちんと説明して、その上でも続けるというのであれば、私選であれば弁護人を辞めるか、あるいは弁護を続けて本人の言い分を主張するか、どちらかを選ぶということになります。そこは最終的には、本人と協議・相談したうえでどうするか決めると。

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国選などの場合で、簡単に辞任することのできないようなときに、誰が聞いても納得できないであろうという主張を維持するという結論になった場合に、内田先生個人の中での折り合いはどのように解消していますか?

普通に考えてありえないような言い分というところが、まず第一にそれを聞く側の今まで生きてきた中での経験からの印象にしか過ぎないので、それがすべてではない。そうすると、一見そのように思われたとしても、本当にその人にとってもそれがありえないことなのかどうかというところを、もう一度見つめなおして、そこについては私自身では自分では判断しないようにしています。そういうこともあるかもしれないと、私の生きてきた狭い経験で判断してしまうのではなくて、そういうこともあるかもしれないとひとまず考えたうえで、そういう目から見るようにする、というふうに考えています。

そうすると、他人の目から見ると、この弁護士は何を主張しているんだと言われるようなことも場面としてあると思いますが、そういったことにはどのように折り合いをつけていますか?

刑事弁護人をやる以上は、そう思われる部分があっても仕方がない、そう思われてもいいと。そこを恐れて、被疑者本人の言い分を十分に伝えられないとすると、刑事弁護人はやるべきでないと思います。それで批判されても、自分の仕事をちゃんとできていると、逆に言うとそういう証拠だと思うので、良かったと、悪くないと思います。実際に有罪となって刑務所に行くということになった場合に、誰も自分の言い分を聞いてくれなかった、理解しようとしてくれなかったという状態で、納得しないまま行くのと、最終的に裁判所と検察官は理解してくれなかったけれど、理解してくれようとした人がいる、理解してくれた人がいる、それでもこういう風になってしまったのは仕方がないと思っていくのとでは、やはり、刑務所に行った後の効果も変わってくるのではないかと。周りがどんなに理解しなくても、理解しようとしてくれなくても、弁護人だけは理解しようと努力するというところが求められているし、それができる仕事だと思うので、そこは大切にしていきたいなと思います。

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実際に担当された被疑者・被告人の方々から、感謝やお礼の言葉などを頂いたことはありますか?

いろいろありますが、弁護士になりたての頃のことが印象に残っているのですが、終わった後、ずっと連絡はなかったのですが、連絡がないのはいいことなのかなと、私からも連絡はしなかったのですが、数年たって本人から手紙が届きまして、その中に、感謝の言葉が書いてあったうえで、こんな言葉が書いてあったんです。自分は先生の応援団長としてこれからも応援していきますと。すごく感動したということがありました。そういうこともあるので、一つ一つの仕事の中で、嫌だなとか、大変だなとか、思うようなことがあったとしても、頑張れるのはそういうことがあるからかなと思います。

以上

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